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【中国四大名楼】中国の王族や皇帝が憧れた権力の象徴!

中国には5000年という世界で1番の歴史を持っているのはご存知の通り!その長い歴史で変わらなかったものといえば『野望』ではないかなぁ〜と個人的には思っています。

その『野望』を勝ち取った先にある『権力』を表す、中国伝統建築の一つである楼閣についてご紹介します!しかし全ての楼閣が権力の誇示のために作られたものではありません。

『平和、宗教、記念、軍事』さまざまな使い勝手があり、時代の流れとともに用途は変化していきました。そんな楼閣の中でも『中国四大名楼』というものがあります。その威厳溢れる壮大な作りには、観光客も圧倒されること間違いなし!

黄鶴楼 (こうかくろう)

出典 http://baijiahao.baidu.com/s?id=1619381616608954026&wfr=spider&for=pc

天下一の楼閣

湖北省の武漢市にそびえ立つエレガントな姿は『天下の楼閣』との呼び声も高いです。創建されて以来、書く時代とともに象徴として愛されてきた黄鶴楼は『四方八角形』という全方向から見ても力強さが伝わるようなデザインになっています。

黄鶴楼は、その名の通り『黄色い鶴が羽を広げている』ように見えることから命名されました。外観も豪華な作りですが、楼閣内部にも派手な装飾がされています。

一階には唐の時代に描かれたと言われる『黄鶴楼』が大理石に刻まれています。また二、三階には唐・宋の時代に活躍した偉人の絵や、黄鶴楼を題材にした詩文が展示されています。四階の展望台からは『長江』を一望できるなど、観光客の人気観光スポットになっています。

軍事目的で作られた?

黄鶴楼は223年に、たった2年で建設されました。三国時代真っ只中であり、地元を守るために建てられたとされる物見櫓として活用されていました。

そのため、呉の国の重要な軍事拠点であり、市民の心の拠り所とされていました。その当時から市民に愛されるシンボルでしたが、戦国時代の戦火の渦中にあり、幾度となく破壊や火災に見舞われました。

幾度となく再建を余儀なくされましたが、当時から変わらない豪勢な建設は、今となっては人気観光スポットに大変身しました。また周辺は公園として整備され、三国時代の歴史的展示物が多数存在しています。

黄鶴楼については詳しくこちらに書いています!

蓬莱閣 (ほうらいかく)

出典 https://heb.tuniu.com/tours/210416064

仙人が住んでいた絶壁の楼閣?

山東省の断崖絶壁にある蓬莱閣は、渤海と黄海が混じり合う位置にあり、1061年に建てられました。何の変哲も無い楼閣でしたが、文豪であった蘇軾が蓬莱閣についての詩文を詠み、名声を得てから一気に有名になりました。そしてここは昔から不老不死の薬や仙人が住んでいる噂が出てきました。

秦の始皇帝や漢の武帝は不老不死の薬を求めて、ここに足を運んだという歴史があります。なぜここが仙人の住処と言われていたのかというと、海に面しているため夏には『蜃気楼』が頻繁に発生します。

もちろん古代では蜃気楼という概念はないため、幻想的な見たことない雲がかかっている=仙人が住む秘境に違いないと農民が勝手に錯覚したのかもしれません。

また日本でいう『七福神』のような8人の神様を乗せた船が、ここを出航し、蜃気楼を渡っていったという伝説が言い伝えられている神話の舞台です。

中国の神話はこちらに詳しく書いています!

蓬莱閣は6つの建物から成る複合楼閣になっており、総面積は3万平方メートルもあります。それぞれの楼閣には貴重な文献や石碑が、古来より保存されているので観光客の人気スポットになっています!

海賊を撃退する要塞基地!

蓬莱閣は断崖絶壁にあり、海から攻めてくる的に対してめっぽう強い適した立地でした。明の時代には日本の海賊である『倭寇』がその立地を支配しようと攻めてきました。

しかし地元の水軍を訓練させていた戚継光親子が撃退したと言われている、中国の名勝地とされています。1982年には『全国重点文物保護区』に指定され、観光名所になりました。

岳陽楼 (がくようろう)

出典 https://touch.dujia.qunar.com

著名詩人にも愛された天下の楼閣

湖南省にある岳陽楼は、木造建築の三回建てで、高さ20mと低いながらも『天下一』と謳われる楼閣です。北には長江があり、目下には広大な洞庭湖が広がっています。

この『洞庭湖(どうていこ)』は、湖北省と湖南省を2分割にしている湖で、洞庭湖を境に北と南に分けている母なる湖とされています。

後漢末期の赤壁の戦い後に、呉の水軍を訓練するために建てられた楼閣が岳陽楼の始まりとされています。その後の716年に改修され、孟浩然や李白がここを訪れた際に、詩を書きました。それ以降『岳陽楼』の知名度は一気に上がり、歴史的な観光スポットとして人気になりました。

杜甫『登岳陽楼』の舞台

中国の著名な詩人として李白(りはく)や孟浩然(もうこうぜん)があげられるように、杜甫(とほ)も人気の詩人でした。そんな杜甫が念願だった洞庭湖を訪れ、岳陽楼に登った際に書かれた詩が切ないとして共感する声が上がり、人気になりました。

【登岳陽楼】 杜甫

原文

昔 聞 洞 庭 水 
今 上 岳 陽 楼 
呉 楚 東 南 坼 
乾 坤 日 夜 浮 
親 朋 無 一 字 
老 病 有 孤 舟 
戎 馬 関 山 北 
憑 軒 涕 泗 流

昔から、洞庭湖の水の美しさを耳にしてきたが 
(願いがかなって)今まさに(湖を見渡せる)岳陽楼に登っている。 

呉の国と楚の国は、この湖によって東と南に隔てられ 、天と地が、水面に、日夜を問わず浮かんでいる。

親戚、友人からは一通の手紙も無く、

年老いて病である私には、1そうの小船があるだけである。

関山の北では、戦いが続いているが 

軒に寄りかかって故郷を思うと、涙が流れてくるばかりだ

https://manapedia.jp/m/text/1964

滕王閣 (とうおうかく)

出典 http://dy.163.com/v2/article/detail/DSIEPNSI05490ODJ.html

国家AAAAA級観光地!

江西省の南昌にある滕王閣は『江南三大名楼』の一つとして、黄鶴楼に匹敵するような超有名な楼閣で、壮大な建物と周辺の自然がマッチングした絶景スポットであるため、『国家5A観光地になっています。

高さは57.5mで、建築面積は13000平方メートルもあります。塔の下は12メートルの台座があり、その上に塔がそびえ立っている、古代の唐王朝の建築方法です。

風水のために作られた?

滕王閣は滕王と呼ばれる皇帝によって658年に建てられ、今までに29回も再建された歴史的建造物です。4階建てに見える塔ですが、内部は7フロアに分かれています。

『明三暗七』と呼ばれる、風水に習って『3つの明るいフロア、3つの暗いフロア』に分けられていたと言われています。中国では風水が重視されており、天と地から気を集めたりしている象徴的な楼閣として扱われていました。そのため、滕王閣が崩壊すれば、地元が衰退していくものと思われていました。

ちなみに観光スポットとして絶大な人気があります。観光客は6階まで上がることができ、各フロアには滕王の歴史的な書物などの展示物や、実際の滕王をイメージされた蝋人形もあります!

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